みんな彗星を見ていた - 星野博美

星野博美 みんな彗星を見ていた

Add: tykohysy14 - Date: 2020-11-23 21:16:18 - Views: 5422 - Clicks: 4828

星野博美の『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』はすごい! 本屋さんを覗いてみたら、遠藤周作の『沈黙』が平積みされていました。先日、封切りされた映画『沈黙―サイレンス』を見てきたことが頭をよぎりました。. 星野1614年に神父たちが国外追放される時点で14もの教会があった長崎は、信仰を理由に故郷を追われたキリシタンが集まる場所でした。富と亡命者が集まってできた香港みたいなものです。そしてキリシタンは、自分の考えでイエズス会の教会へ行ったり、ドミニコ会の教会へ行ったりしていました。長崎は教会の集結するショールームみたいな場所。信徒の舌も、他の土地よりずっと肥えています。神父たちにとっては、あなどれない場所だったはずです。 長崎では、修道会同士、信徒同士の対立や勢力争いも起きました。そんな話が資料を読んでいるといくらでも出てきます。人の心を救済するはずの神父が何をやっていたのだ、とため息が出ることもありましたが、そういう部分に惹かれる自分がいたのも事実。自分たちと何ひとつ変わらないじゃないか、と思えば思うほど、彼らがリアルに感じられるようになった。 ――日本のキリシタンは、会派による教義の違いまでわかっていたのでしょうか? 」となるくらいです(笑)。スペインに行くときにカメラを準備していて、あまりに久しぶりだったのでASA感度(光に対するフィルムの能力を示す値)の設定の仕方を忘れ、マジで青ざめました。 とはいえ、写真の経験は知らず知らずのうちに現場で役立っています。知らない場所でいきなり人に近寄って「話を聞かせてください」と頼んで、その一瞬で「こいつには話してもいい」と思ってもらうにはどうしたらいいか。説明が難しいのですが、「私、敵ではありません」オーラと「あなたに興味あります」オーラを出すこと(笑)。 ある町や村へ行き、どこへ行けば人と会えそうか。誰が進んで話をしてくれそうか。どの人を信用すればよいか。場の気配を感じとったり、人の波長をつかんだりすること。それらはみな、カ. ‎海を渡った宣教師と、命を賭した信徒たち。 殉教をめぐり400年の時を駆ける旅へ! 読みました。星野博美「みんな彗星を見ていた」。米原万里さんの「打ちのめされるようなすごい本」にで書評が乗ってたんですけど、私この「打ちのめされるようなすごい本」がすごく好きで。この本の中で登場する本を少しずつ読んでいこうと思っている。第1弾は星野博美さんの「転がる.

See full list on ohtabooks. Kindle版 ⇒ みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 (文春e-book) 私の読書は、基本的には小説に限定される。 今起こっている世の中の大抵のことは、新聞読んでいればある程度の解説付きで読むことができるし、各紙毎の偏りはブログなどの情報で十分. 著者 星野 博美 (著) 東と西が出会ったとき、何が起きたのか? 多くの謎が潜む、キリシタンの世紀。長崎からバレンシア、バスクまで、時代を生き抜いた宣教師や信徒の足跡を辿り、新たな視点で伝える。.

――中国や香港をテーマにした著作につづいて執筆された『コンニャク屋漂流記』では、一族の故郷である外房の岩和田を舞台に、紀州の漁師であった先祖がなぜ岩和田に来て、一族がどのように暮らしていたのかを驚くべき取材力で明らかにされました。 今回書かれた『みんな彗星を見ていた』では、戦国時代に始まるカトリック宣教師たちによる日本布教からキリシタン弾圧にいたるまでの歴史を、将軍や大名、神父、民衆など、さまざまな立場の人々に光を当てながら紐解いています。特に、大航海時代まっただ中で、家康統治下の400年前に焦点が当てられていますが、なぜこの時代、このテーマだったのでしょうか? 『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』文藝春秋、。文春文庫、/10 『今日はヒョウ柄を着る日』岩波書店、 『旅ごころはリュートに乗って 歌がみちびく中世巡礼』平凡社、/9; 外部リンク. The latest tweets from みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 ¥ 1,100 星野博美 、文藝春秋 、年 、1. shuzo_kumagai /03/10 22:02 私的キリシタン探訪と銘打った、星野さんの.

ライフ ライフ pr 記事詳細. ――クリスチャンではない星野さんが、ここまで徹底的にキリシタンの歴史を調査されたことに驚きました。 星野 クリスチャンでないからこそ、かもしれません。信仰心があったら、調査したいとは思わなかったのではないでしょうか。 それに、別にたいした調査をしたとは思っていません。たとえば、ローマのイエズス会古文書館に通いつめて、原語で一次史料にあたるほどのことをしていれば、多少は評価できるかもしれませんが、私の場合、日本語に訳され市販された史料を使ったわけですし、さほどの苦労はしてない。逆に、海外渡航がたやすくなかった時代に一次史料を現地で採集し、研究し続けてきたキリシタン史の研究者に感謝したい思いでいっぱいです。そういう方々の情熱のおかげで、私もこの時代にアクセスすることができたわけですから。 ただ資料を読み進めるなかで、キリシタン史には穴があるように感じたのは事実です。キリシタン史にはどうしても、宗教がからんでくる。研究者にも宗教関係筋の方と東西交渉史畑の方がいて、布教のポジティブな影響を強調する方もいれば、カトリックの世界戦略をクローズアップする方もいる。その間を埋め、自分は立ち位置をどこにすればいいのか。深い森に迷いこんだような気持ちになることがしばしばありました。 そんななか自分がたどり着いた一つのスタンスは、当時生きた人間の心性を、できる限り自分にたぐり寄せて想像してみる、ということ。スペインやポルトガルといった国家を背負い、神に生涯を捧げた宣教師といえども、冒険心に満ちたひとりの人間だったはずです。この人とは友達になれそうにないが、この人とは友達になれそうだ。この人は性格悪そうだけど、この人はとっても穏やか。グルメな神父と修行命の神父がケンカをしているぞ! 『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』 著者 星野 博美 著 出版社 文藝春秋 ジャンル 文学/日本文学、評論、随筆、その他 isbn発売日 /10/06 価格 2,145円(税込). 著者 星野博美 出版社 文藝春秋 発売日 年10月6日 定価 ¥1,080+税. イゴヨク伝わるキリスト教――という語呂合わせで、ほとんどの日本人はその歴史を知っている。1549年にザビエルが来て、日本で布教が始まった. みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記/星野 博美(キリスト教)のhontoレビュー(感想)ページです。本の購入に役立つ評価やみんなのレビュー(感想)情報が満載。. みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 - 星野 博美 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!.

担当編集者より + キリシタンは迫害される世に何を思い、どう生きたのか。. Amazonで星野 博美のみんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記。アマゾンならポイント還元本が多数。星野 博美作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 文字の大きさ 小 中 大 印刷. Amazonで博美, 星野のみんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 (文春文庫)。アマゾンならポイント還元本が多数。博美, 星野作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。.

――宗教が個人の救済である一方で、現代に至っても宗教を原因とする戦争やテロが各地で起きています。その矛盾について、この本を書き上げるなかで何か新しく見えてきたことがあれば教えていただけますか。 星野西洋と東洋の歪んだ関係性に対する不満や怒りがマグマのように溜まった結果、世界のあちこちから清算を求める声として噴出している。私にはそう見えてなりません。大航海時代を皮切りに、西洋の価値観が力でその他の地域をねじ伏せ、世界の覇者として君臨してきた。それに対するリベンジではないか。 これをキリスト教世界とイスラームの対立といった構造に落としこむことは、むしろ避けるべきではないかと思います。それは構造を単純化するだけで、異教や異文化への不信や憎悪を煽ることにつながりかねない。長い年月を経てこじれた関係を修復するには、こんがらがった糸を一つずつ解いていく忍耐力が求められる。異なる他者とどれだけ忍耐を持って向き合えるか。大袈裟に言えば世界が大きな試練を与えられていると思います。 私は中学・高校とミッションスクールに通ったのですが、キリスト教を受け入れることはできませんでした。砂漠で誕生した宗教なのに、なぜ私が礼拝で目にするイエスやマリアの像は、明らかに西洋人の顔をしているの? みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 (文春文庫) 作者: 星野博美; 出版社/メーカー: 文藝春秋; 発売日: /10/06; メディア: 文庫; この商品を含むブログ (1件) を見る. ――デビュー当時は写真集も出されていて、作家と写真家という二足のわらじで活躍されていましたが、最新作『みんな彗星を見ていた』をふくめ、最近のお仕事は文章だけということが多いです。写真から文章へと、表現方法がシフトしているのでしょうか。 星野たまたま写真と文章というセットでデビューしているので、写真人間かと思われがちですが、実は全然写真人間ではないんです。最初から、やりたいのは文章を書くことだった。もともと写真から出発した人間ではないですし、今回の本でも必要ないと思ったので、写真はスペインに行ったときにちょっと撮ったくらいで、ほとんど撮っていません。 写真をやるときと文章をやるときでは使う脳みそが違うので、二つの行為はなかなか同居できないんです。写真と文章では、歩き方が全然違います。たとえば写真を撮るときは博物館とかには絶対に行かないし、人に聞く話も違ってきます。とにかく朝どこから太陽が出て、このあたりがきっといい夕日になりそうだな、なんて考えながらずっと待っているとか、そういう思考回路になっていきます。極力、頭は使わない。一方、何かを書きたいときには頭がフル回転になるので、朝日や夕日をじっくり待ったり、よい風景を探して歩くことができなくなる。 いい写真には言葉は必要ないし、書きたいことが山ほどあるときに写真は必要ない。若い頃は体力があり余っていたのでなんとか両方やっていましたが、この二つを同居させようとすると、必ず無理な力がかかるので、いまはあまりよくばらないようにしています。「あれ、カメラどこにしまったっけ? 06) ※外部サイトへリンクしている場合もあります. 今回はその第一弾。 「乱読」と言いつつ最近は少しテーマを絞って読んでいるのは内緒。主に歴史(特にヨーロッパ)や宗教について読むことが多いかな。 今日紹介するのは、星野博美著『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』です。 遠藤周作『人生の踏絵』(新潮社)、星野博美『みんな彗星を見ていた-私的キリシタン探訪記』(文藝春秋)、米田彰夫『寅さんとイエス』(筑摩書房) 遠くて近いキリスト教スコセッシ監督の映画「沈黙」をみて、原作を久しぶりに読み返した私。. チャイニーズ』と写真家としてのデビュー作『華南体感』から、『転がる香港に苔は生えない』まで、激動する中国や香港で生活しながらその地の息吹をいきいきと伝えています。どのような経緯で中国や香港に興味を持ったのでしょうか。 星野もともと中国やソ連といった社会主義国家に興味があり、学生時代に旅行していました。中国のトップは胡耀邦(、初代中国共産党中央委員会総書記)で、ソ連はユーリ・アンドロポフ(1914‐1984、ソビエト連邦第六代最高指導者)が死去し、ゴルバチョフが書記長になったばかりの時代です。両者とも従来の社会主義国家から民主化を進めようとした人物です。もっとも、当時はそんなことは露ほども意識していませんでしたが。 旅するなかで特に気に入ったのが、ベルリンでした。もちろんベルリンの壁が存在していた頃の話。東ドイツという社会主義国家の海の中にぽっかり浮かぶ、「資本主義の小島」のような街です。 ドイツの首都として君臨するいまのベルリンからは想像もつきませんが、当時の西ベルリンは、東ドイツから亡命した人と、徴兵を拒否して西ドイツから逃げてくる若者のたまり場で、アナーキーな空気が支配していました。東ドイツ国内にぽかんとある街なので、そこを再開発しようとする人なんて誰もいないからすごく物価が安くて、空き地だらけで、パンクが勝手に古くなった建物を占拠したり、自由な芸術活動が行われたり、とっても刺激的な街だったんです。 それで西ベルリンから電車に15分くらい乗って東ベルリンに到着すると、一瞬にして社会主義建築や労働者のモニュメントが建ち並ぶ社会主義国家の風景になる。電車で資本主義と社会主義を行ったり来たり。社会主義的風景好きの自分にはたまらない体験でした。日本という島国ではなかなか体感できない「国境」を、東西ベルリンで意識するようになりました。 私の中国好きは幼少期からの癖のようなものなんですけど、西と東の狭間に浮かぶ小島・西ベルリンを体験したことで、興味の焦点が次第に中国から香港へ向くようになりました。香港は阿片戦争(1840‐1842)の戦利品としてイギリスに奪われた植民地ですが、中国の共産化を嫌って亡命してきた人たちが住民の多くを占めている。亡命者が多い社会主義国家の中に浮かぶ小島のような場所、という点が、西. みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 星野博美.

読書日記「みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記」(星野博美著、文藝春秋刊) みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 (文春e-book) posted with amazlet at 16. 【1日~3日以内に出荷】。【中古】 みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 / 星野 博美 / 文藝春秋 単行本【宅配便. みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記 著星野博美 約四百年前、日本では南蛮文化が花開いた。 しかし、江戸初期にかけてキリスト教の禁教令が徹底していき、外国人修道士や日本人信徒が弾圧され、拷問を受け、大勢殺された。. 星野 博美『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約107件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。. みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記.

ノンフィクション作家・星野博美の新作は、古楽器リュートに魅せられた自身の知的探求の旅を描くものだ。年の『みんな彗星を見ていた. 『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』文藝春秋、。文春文庫、/10 『今日はヒョウ柄を着る日』岩波書店、 『旅ごころはリュートに乗って 歌がみちびく中世巡礼』平凡社、/9; 外部リンク 編集 星野博美 - Twitter. 星野個々の信徒がどういう考えで、通う教会や従う神父を決めていたのかはわかりません。ただ少なくとも、自主性は明確に持っていたと私は思っています。自分に置き換えて想像してみたらわかりやすいのですが、豪華絢爛な教会に惹かれる人もいたでしょうし、質素な教会でないと信じられない、という感性を持つ人もいたかもしれない。神父の人柄で選ぶ人もいたでしょうし、教義の違いを明確に認識して選ぶ人もいたでしょう。 「うちの神父様はこう言っているけど、向こうの神父様はこう言っている。どうしたらいいのか」といった問題は頻繁にあったようで、神父の書簡にもたびたび登場します。こういう苦悩が信徒から上がり、信徒の間で対立が起こったこと自体、教義の違いを彼らが認識していた証しといえるのではないでしょうか。 質問の答えになっているかどうかわかりませんが、当時のキリシタンの様子を描写したもので深く印象に残っているくだりがあります。ドミニコ会のハシント・オルファネール神父(1578‐1622)が手紙にこう書いています。 「彼らは立派な死を迎えるように特に注意し、誰かが死んだということを聞くと、立派な死を迎えたか、と訊ねます」「キリシタンが深い信心を抱いて私たちを迎えるために生命を危険に晒し、或る所では焼き殺される危険があるのに私たちを迎えてくれるのを見るとき、私たち修道士が彼らの模範とな. 『みんな彗星を見ていた』星野博美著(文藝春秋)を読みました。 みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 Amazon 東. 出口治明『みんな彗星を見ていた』 -honz客員レビュー(honz. みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 文春文庫 - 星野博美のページをご覧の皆様へ HMV&BOOKS onlineは、本・CD・DVD・ブルーレイはもちろん、各種グッズやアクセサリーまで通販ができるオンラインショップです。. ――宣教師たちが危険を冒して海を渡り、まったく違う言語をマスターして、布教のための方策を練り上げてアジアに進出してきたことの背景には、ヨーロッパでカトリック以外のものの脅威が迫っていたということが関係しているのでしょうか。 星野脅威というより、自ら作り出した危機感だと思います。宗教改革が起こるわ、イギリスはローマ教皇の支配から逃れるためにイギリス国教会を作るわで、ヨーロッパにおけるローマ・カトリックの威信は低下する一方。ヨーロッパ以外の場所へ活路を見いだす機運は高まっていたと思います。なかでもイエズス会は「イエスのための軍隊」という性格を持ち、海外布教を念頭に置いて作られた修道会なので、特に力が入っていた。 ご存じの通り、日本に最初にキリスト教を伝えたのはイエズス会のフランシスコ・ザビエルでした。イエズス会はポルトガル王室と結びつき、ポルトガルの行くところへセットでやって来ます。日本でも最初の30年あまりはイエズス会が布教を独占していました。天正遣欧少年使節はローマへ向けて1582年に船出をしますが、このころがキリシタンにとっては、最も平和で繁栄した時期だったと思います。 ところが使節がマカオに到着すると、ポルトガルを治めていたエンリケ卿が死に、世継ぎがいなかったため、スペイン国王フェリペ二世がポルトガル王位を継承したというニュースがもたらされます。日本の民やキリシタンにはまったく関係ない異国の話ですが、イエズス会にとっては大変な衝撃です。言葉は悪いけれど、自分たちがゼロから耕し、ようやく実りの時期を迎えていた日本という市場が、スペインに開放されてしまうからです。 秀吉の時代に入ると、案の定、新大陸とフィリピン経由でスペイン系修道会の神父たちがやって来るようになります。フランシスコ会、ドミニコ会、アウグスチノ会という、ヨーロッパでは長い歴史を持つ托鉢修道会です。当然ながら、先発部隊であるイエズス会は脅威を感じ、行く先々でテリトリー争いのようなことが起こり始めます。 この点は中国と比較をすると興味深いところなんですが、中国でもイエズス会が強かったとはいえ、中国はあれだけ広いので、イエズス会は皇帝のおわします北京、ドミニコ会は南の福建、フランシスコ会は東北方面というように、ある程度の住み分けができたんですね。ところが日本ではそれもできなかった。唯一フランシスコ会は. 『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 』 文藝春秋 2106円.

7 16:10 更新 【書評】 ライター・編集者、南陀楼綾繁が読む『みんな彗星を見ていた. 星野博美 - Twitter. 著者「星野博美」のおすすめランキングです。星野博美のおすすめランキング、人気・レビュー数ランキング、新刊情報、Kindleストア等の電子書籍の対応状況をチェック! プロフィール:ノンフィクション作家、写真家。1966年、東京生まれ。.

· このたび、『みんな彗星を見ていた』(文藝春秋)の書籍化を記念し、 著者の星野博美さんのトークイベントを開催します。 お話のお相手は、国内外で幅広く活動中の漂流詩人・管啓次郎さん。. 定価: 本体1,080円+税; 発売日: 年10月06日; ジャンル: ノンフィクション; 書店の在庫を確認 > オンライン書店で購入 > Twitter; facebook; hatena. 星野博美『みんな彗星を見ていた』 みんな彗星を見ていた - 星野博美 5. そう思ったら、キリスト教を単純に受け入れるわけにはいかなくなりました。いまは、ローマ化されたキリスト教が世界を席巻したからこそ、このようなパッケージで日本に伝わったのだということがわかりましたけど、それを理解するまでに途方もない時間がかかりました。 そんな不信心者ですが、それはたまたま自分が平和な国で平和な時代に生まれてそれほど不正義の犠牲とならず、幸い健康にも恵まれていたから宗教に惹かれなかったのであって、病気やいちじるしい不正義に見舞われたとき、何かの宗教にすがりつくかもしれない。さきほど、日本のキリシタンが死ぬために信仰を強固にしていったことに触れましたが、死への恐怖や不正義、死が近いという予感は、宗教の最大の磁力の. 「みんな彗星を見ていた私的キリシタン探訪記」星野博美「島へ免許を取りに行く」という作品がある。なぜ、免許を取る必要が生じたのか、本作品で説明される。なぜ、長崎の教習所まで、行ったのか、も分かる。「コンニャク屋漂流記」でスペイン船漂着に触れられたが、本作品で、関係し. という漠然とした考えがあったんです。 間接的なきっかけとなったのが、『コンニャク屋漂流記』でした。これは外房・岩和田の鰯網の漁師だった自分の先祖が、どのような道のりを経て生きてきたかをつづったノンフィクションなのですが、一族の歴史を調べるうちに四世紀前を身近に感じられるようになりました。400年前は意外と古くない過去で、自分もそこにアクセスする権利がある、と思えたことは大きかった。いまでは、1700年代でさえ、「わりと最近だな」と思う(笑)。 またこの作品を通して、一族の長老から「ドン・ロドリゴ」の話を聞いたことも、大きな刺激になりました(ロドリゴ・デ・ビベロ、スペインの植民地政治家。1564‐1636)。ドン・ロドリゴはフィリピン臨時総督で、1609年にマニラからアカプルコを目指して航海中に岩和田の浜で遭難しました。56名が溺死し、残りの317名が岩和田の住民たちに助けられ.

「キリシタンの時代」とは、何だったのか?はるかな歴史の糸に導かれるように、著者はリュートに出会い、長崎からスペインへと殉教をめぐる旅に出る。遠い異国からきた宣教師と、救いを求めた信徒たち。迫害の果てに辿り着いたものとは。世界文化遺産の陰に埋もれた真実を照らす、異.

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